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大阪地方裁判所 昭和33年(ワ)4983号 判決

原告 X1

X2

原告両名訴訟代理人弁護士 萩原潤三

被告 Y

右訴訟代理人弁護士 梅原貞治郎

同 田中章二

同 久世勝一

主文

一、原告両名と被告が別紙目録記載の各不動産につき、持分各三分の一の共有権を有することを確認する。

二、被告は原告等に対し、原告等が別紙目録中(一)ないし(四)、(七)、(八)記載の各不動産につき、昭和三三年一〇月三日原被告三名の相続を原因とし、その持分を各三分の一とする所有権移転登記手続、また同目録(五)、(六)記載の各建物につき、大阪市北区役所保管の家屋台帳の所有者名義を原被告三名の持分を各三分の一とする共有名義に変更する手続をするのに協力せよ。

三、原告等のその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用はこれを三分し、その一を原告等の、その余を被告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、当事者と亡Aとの身分関係及び遺産の範囲について、

(一)  原告X1(明治四四年一月二三日生)が訴外Aの長女で昭和一六年三月二六日訴外○○○○と入夫婚姻し、又、原告X2(大正九年四月二九日生)が訴外Aの三女で同一九年一月一一日訴外○○○○と婚姻したものであること、及び訴外Aは他に長男、二女をもうけたがいずれも夭折し、子供は原告等しか生存していないこと、そして、原告両名の母訴外Bが同一五年一二月二四日訴外Aと協議離婚し、被告が後妻として、同二六年一二月一八日婚姻の届出をしたものであること、並に、訴外Aが同三三年一〇月三日に死亡し、同訴外人が死亡時において別紙目録記載の各不動産を所有し、右目録中(一)ないし(四)、(七)、(八)記載の不動産についてはその登記名義が、また同目録中(五)、(六)記載の建物については家屋台帳名義が亡Aの所有名義のままになっていることは当事者間に争いがない。

(二)  右の事実に照し、右不動産が訴外Aの遺産に属すること明らかなところ、訴外花房酒造株式会社の株式九、〇〇〇株が遺産に属するかどうかについては争いがあるので検討してみる。

訴外Aが生前曽つて右株式九、〇〇〇株を所有していたことは当事者間に争いがない。けれども、≪証拠省略≫を総合すると、昭和三三年九月頃被告が訴外Aから右株式九、〇〇〇株の贈与をうけたことが認められ、これを覆すに足る証拠がない。原告等は、右贈与は通謀虚偽表示に基く無効な行為であると抗争しているが、原告等の全立証に徴してもこれを認めるに足る証拠がないので、原告等の右抗弁は採用できない。したがって、右株式は訴外Aの遺産に属さないこと明らかである(但し、原被告の相続分を算定するにつきこれを特別受益として斟酌すべきかどうかは後に判断する)。

二、被告の抗弁について、

被告は遺産につき原告等が共有権を有することを抗争するので順次判断する(但し、権利濫用の抗弁については後記五へ)、

(一)  相続放棄の抗弁について、

訴外Aが、訴外Bを相手方として大阪区裁判所へ離婚の調停を申立て(同裁判所昭和一四年(人調)第一〇七号離婚人事調停事件)、原告両名がこれに利害関係人として参加し、同一五年一〇月二三日同裁判所において調停が成立し、それが履行された結果、訴外Aと訴外Bは同年一二月二四日離婚し、原告X1は同一六年一月二〇日訴外Aの家から分家し、原告X2と訴外Bが同二七日原告X1方に入籍したことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると、調停調書には右離婚、分家の条項のほかに、訴外Aが原告両名に対し金六五、〇〇〇円と大阪市北区源蔵町二三番地宅地二三坪二合、同町二四番地宅地一一六坪七合七勺及び右二筆の土地上の家屋一〇戸を贈与し、原告両名は右以外に名義の如何を問わず金銭上その他一切の請求をしない旨の条項が記載されていることが認められ、これに反する証拠がない。被告は右「金銭上その他一切の請求をしない」旨の条項を指して相続放棄の意思を表示したものというのであるが(仮に相続放棄の意思表示としても相続開始前のそれであるからその効力が問題になるが、その点を別としても)、≪証拠省略≫を総合すると、訴外Aは、昭和七年頃推定家督相続人たる原告X1の婿養子として訴外○○○○を迎入れ、同人に家業の酒造業を継がせようとしたが、同人にその気がなかったことに端を当して同原告と折合が悪くなり、同原告が妊娠しても訴外○○を入籍せず、その入籍を主張した訴外Bとも夫婦仲が悪くなり、そのため原告X1夫妻と訴外Bが相前後して訴外Aと別居し、当時女学校に在学中の原告X2もこれに従ったので、同九年に訴外Bに対して大阪地方裁判所に離婚請求訴訟を提起したが、同一〇年三月九日請求棄却の判決をうけ、次いで、大阪控訴院で控訴審理中、その事件は調停に付され、調停において訴外Aが訴外Bに財産分与を嫌ったことから、当事者双方の各弁護士及び調停委員等はこの際訴外Aと別居している原告等も同訴外人の戸籍から除きこれに財産を与え、原告等が訴外Bの生活を保障することとして、訴外Aを納得させ、又当時原告X1は推定家督相続人であるため自由に家を去ることは許されないから(旧民法第七四四条)、別に養子を迎えた上で同原告を分家さすこととして前記調停を成立させ、訴外Aはその後直ちに訴外○○○○○の三男訴外○○○○(昭和一一年六月一七日生)を同一六年一月一六日養子として入籍させたことが認められ、これを覆すに足る確証がなく、そして、右入籍直後の同年一月二〇日に原告X1が分家し、同月二七日に原告X2が原告X1方に入籍したこと前認定のとおりであるから、以上の事実を併せ考えれば、右贈与は原告等がAの家を去るについての財産分与の性質を有し、前記調停条項も右財産分与としてはそれ以上の財産を請求しないという趣旨に止まるものと解される。加うるに改正前の民法のもとにおいては家を去った原告等にはもはや訴外Aの遺産を相続する余地がないのであるから、相続権放棄ということはあり得ないのであるが、仮に右の条項が遺産相続に何等かの意義を有するものとしても、それは、原告等に相続権のない当然のことを確認したにすぎず、それ以上に(証人清瀬一郎の証言に徴し明らかな如く)将来民法が改正されて原告等に相続権が発生ないし復活することまでも予測してこれを放棄したものとは到底言えない。

結局本件は改正前の民法のもとにおいて相続権のなかったものが、たまたま民法の改正により相続権を得た一般の事案と異ならない。故に右抗弁は採用できない。

(二)  特別受益の抗弁について

(イ)  先に認定したように、前記調停条項記載の金員及び不動産は原告等に贈与されたのであるから、これが民法第九〇三条(附則第三一条参照)にいう特別な受益にあたることは明らかである。原告等は、右の金員及び不動産の受贈者は訴外Bであると主張し、証人Bの証言、原告両名各本人尋問の結果中には、右主張に副う証言及び供述がある。けれども前認定のとおり、訴外Aが訴外Bに財産を分与することを拒んでいた事実と、原告等が家を去るにつき財産を分与することが充分理由のあることを併せ考えれば右の贈与は訴外Aが訴外Bに対して為したものではなく、原告等に対して為されたものと看られ、ただ訴外Bは原告等に与えられた財産により事実上その生活保障の利益をうけたにすぎないと見受けられるので、前記証言及び各供述は信用しがたく、外に原告等の右主張を認めるに足る証拠がないので、右主張は採用しがたい。

(ロ)  そこで、特別受益の価額を算定してみるのに、

(1) 現金六五、〇〇〇円は相続時においても金六五、〇〇〇円であることに変りはない。受贈時(昭和一五年)と相続時(昭和三三年)では貨幣価値に変動があるが、その間戦前の貨幣価値を戦後の貨幣価値に換算する等の特別の法的措置も講じられていないし、又金融機構の各部門においても右のように換算して取扱った事例のない経済事情に鑑み、本件の場合にのみ貨幣価値の変動を考慮することはできない。

(2) 家屋は、≪証拠省略≫により、同二〇年三月三一日強制疎開により取毀され滅失したことが認められ、これを覆すに足る証拠がない。

要するに右家屋は受贈者たる原告等の行為によらずに滅失したのであるから、相続時に原状のまま存在するものとみなし得ない。ただ、原告等が右家屋取毀の際大阪府知事から補償金として合計金二四、〇九六円を受領していることは原告等の自白するところであるから、結局、右家屋に代るものとして、現金二四、〇九六円が相続時においても現存するものとみなし、これを特別受益に算入すべきものである。

(3) 土地は、≪証拠省略≫により、任意に他に売却したことが認められ、これに反する証拠がないから、相続時の価額を特別受益とすべきところ、鑑定人荒木久一の鑑定結果により右土地の相続時の価額は金七、八三八、三二〇円であると認められ、これに副わないところのある鑑定人中村忠の鑑定結果は採用し難く、他に右認定を覆すに足る証拠がない。

結局右(1)、(2)、(3)の合計金七、九二七、四一六円(一人当り金三、九六三、七〇八円)が原告等の特別受益である。

三、原告の再抗弁について、

原告等は、被告が訴外Aから贈与をうけた株式が特別受益となる旨抗弁し、被告はこれを否認しているので、検討してみることにする。≪証拠省略≫を総合すると、訴外Aは同三一年一月九日従来の個人企業を発展させ訴外花房酒造株式会社を設立して発行済株式数一〇、〇〇〇株のうち少くとも九、〇〇〇株を保有し、経営の実態は個人企業時代と変るところがなく、そして死亡直前の同三三年九月頃右株式全部を被告に贈与し右訴外会社の経営を委ねたことが認められ、これに反する証拠がないから、右贈与が民法第九〇三条第一項にいわゆる生計の資本としての贈与にあたり、これが特別受益となることは明らかである。

ところで、被告は右贈与は被告の訴外Aに対する献身的努力に対する感謝の念に基く贈与であるから特別受益とならないと主張する。確かに、被告の被相続人に対する協力が他の相続人より大きく、それが遺産の増大に貢献した場合に、被告の受けた贈与の価値がその協力に見合うならば、その贈与を特別受益と見ないで相続分を増加させようとする考え方は考慮に値するが、現行法においては特別受益に対応する規定がないので被告の右主張は俄かに採用するわけにはいかない。

しかして、右株式の相続時における価額は、右株式が公開市場に上場されていないため、取引価額を的確に知ることはできないが、被告本人尋問の結果(第一回)及び弁論の全趣旨を総合すれば、訴外会社の資産及び営業の状態から推して一株の価額が額面金五〇〇円を下回るものではないことが推認され、右推認を覆えすに足る証拠がない。したがって、株式九、〇〇〇株の価額合計金四五〇万円が被告の特別受益として斟酌される。

四、当事者の相続分算定について、

以上の原被告の特別受益を斟酌して、民法第九〇三条第一項、第九〇〇条第一号、第四号により原被告の相続分を計算すると、その結果は別表のとおりであって、各原告の相続分は遺産総額の三分の一をこえることが明らかであるから、原告等はいずれも遺産である不動産について少くとも各三分の一の相続分を有するものといえる。

五、被告の権利濫用の抗弁について、

被告の述べるところは、要するに、被相続人の意に従わず、その家業を継がず、これに孝養をつくさなかったものは相続権を主張しえないというのであるが、このような考え方は採用しがたく、訴外Aが推定相続人を廃除していない本件においては、原告等は常に相続権を主張できるものと言うべきである。

以上の通りであるから、別紙目録記載の不動産につき原被告が持分各三分の一の共有権を有することの確認及び同目録中(一)ないし(四)、(七)、(八)の不動産につき、原被告三名の相続を原因とし、右持分の割合による所有権移転登記手続、同目録中(五)、(六)記載の建物につき家屋台帳の所有名義を原被告三名の右持分の割合による共有名義に変更する手続をするのに被告が原告等に協力することを求める原告の請求は理由があるから認容する。しかし、株式に関する請求は、株式が遺産に属さないこと前述のとおりであるから、これを棄却する。

訴訟費用につき民事訴訟法第九二条本文、第九三条第一項本文、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野進 裁判官 新田圭一 岨野悌介)

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